通信復旧五カ年計画

1947年度からスタートした5か年計画。

通信復旧3カ年計画を推進したのは通信院が1946年7月に逓信省に昇格し同年10月「電気通信委員会」が発足した。終戦直後、国内の電話は53%が不通だったため、同委員会は翌1947年度から加入電話と架設電話(公衆電話など)の復旧と整備に乗り出した。そのプライオリティは①進駐軍の要求を充足するもの②日本政府の要求を充足するもの③国内経済の要求を充足するもの――と定められた。