経済産業省のホームページに「「Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会報告書―「スキルベースの人材育成」を目指してー」が掲載されたのは5月23日でした。その6日後(5月29日)に情報技術利用促進課(ITイノベ課)の内田了司課長によるIT記者会向け説明会が行われ、これを受けた関連記事がいくつかの媒体に掲載されています。
※内田氏は2025年7月情報処理推進機構(IPA)上席執行役員に異動しています。詳細は「IPA、執行役員制度と経営企画センターを同時新設─「実行する公共機関」への変革へ」
報告書は本編が113ページ、概要編でも33ページ、内容は「現状と方向性」「スキル情報基盤」「スキル・学習のあり方」など多岐にわたっています。執筆者(陣)の「言いたいことが山ほどある」気持ちや「どれも大事なこと」なのは分かるのですが、何が要点か判然としないきらいは否めません。
このためニュースとしては、「デジタル(ないしDX)資格試験」(仮称)や「スキル情報基盤」に焦点が当てられます。見出しになるトピックや文字数に制限があることから、やむを得ないところでしょう。
報告書が目指すのは何なのか、漠然としています。現段階では「概論」「総論」で、具体策が示されているわけではありません。つまりこれだけだと、新しい資格がどんな役にたつ? スキル情報基盤って何? で終わってしまうかもしれません。
そもそも「デジタル人材」って何?
素朴な疑問「デジタル人材ってなに?」は、メディア掲載記事では解説されません。周知のことだし、それを書くスペースがない、記事が煩雑になる、記者(執筆者)が答えられない(なんとなく分かっているけれど言語化できない)といった事由が考えられます。
そこで確認のために調べると、「デジタル人材」という言葉が使われるようになったのは米欧では2010年代の中ごろ、日本では2018年の「IT人材需給調査」(経済産業省)で分類項目になったのが初出だそうです。2018年といえば〈2025年の崖〉で知られる「DXレポート」ver1.0がリリースされた年でした。
2019年、やはり経産省が示した指針「Society5.0」で「近い将来のCPS(Cyber Physical System)時代に必須の人材」と位置付けられ、2021年のデジタル田園都市国家構想(DEGIDEN)とデジタル庁発足で政府一体で取り組むテーマに格上げされました。Society5.0におけるデジタル人材は情報化時代の「IT人材」とよく似た位置付けですが、DEGIDENでは呼称が「デジタル推進人材」に変わり、「デジタル技術で地域課題を解決する人材」と定義されています。
DEGIDENの「デジタル推進人材」が挙げている機能はデータサイエンス・AI(経産省/文部科学省/総務省)、数理・サイバーセキュリティ(総務省)、ドローン(農林水産省)、BIM/CIM(Building/ Construction Information Modeling:国土交通省)などです。民間の講座や高校・大学を通じて、「2026年度までに230万人を育成する」としています(図1)。
報告書によると、2022〜23年度の2年間で84万人、24年度上期の44万人を合わせると128万人を養成したそうですから、230万人の目標達成は難しくない(というよりほぼ確実)と思われます(図2)。
また資格かよ、の呆れ声が聞こえてきそう
ではDEGIDENの「デジタル推進人材」と、経産省が今般示した「デジタル人材」はどう違うのでしょうか。DEGIDEANはデータサイエンス、AI、サイバーセキュリティ、ドローン、BIM/CIMの機能を挙げていますが、何をもって「デジタル人材」と定義しているのかよく分かりません。
パソコンやスマートフォンが使えれば「ITリテラシーがある」と言えるか、と同じように、Excelでデータ集計や平均値のマクロを使えればデータサイエンス(その入り口)の能力があると言えるのか、ということです。
——いやいや、それってITリテラシーのことでしょ?
ですし、図2から推定できるように2026年度までに230万人のデジタル推進人材が育成できるなら、もう十分ではないかと思います。ここで経産省が「スキルベースのデジタル人材育成」を提示したねらいは何なのか、という別の疑問が生じます。
一つ思いつくのは、内閣官房は民間のITリテラシー講座修了者を「デジタル推進人材」ということにして、「人材がいない(不足している)からデジタル化に踏み込めない」という企業経営者の言い訳を封じるのがねらいかもしれません。
こんなにデジタル人材を養成したし、ITパスポートだって累計210万人超が合格している。「足りない」とは言わせないぞ、というわけです。
もう一つ思いつくのは、230万人のデジタル推進人材を自省の所管に囲い込む思惑ということです。コンピュータとソフトウェアの時代は情報処理技術者、これからのデジタル時代はデジタル技術者、その試験で資格を付与するのは自分たち経産省だぞ、というわけです。
——また資格かよ。
という呆れ返る声が聞こえてきそうです。
「資格」はたしかに一定レベルの技術と知識を担保します。ところが変化が目まぐるしいITの領域にあって、固定的な技術と知識を担保しても意味はありません。自動車運転免許証のように5年後に更新ということもない情報処理技術者資格が「ないよりマシ」という程度になっているのは周知の通りです。
ところがこの20年、IT/デジタル領域における人材の育成と採用は「資格」偏重が続いています。どちらがニワトリかタマゴかはともかく、求職者も採用者(雇用者)も「資格」頼み。その結果、マイクロソフトやオラクル、グーグル、AWSなど米ビッグテックの認定資格が優先され、システムトラブルや未完成事案が発生する一因とさえ指摘されています。
——資格がありぁあいいってもんじゃない。
のです。
(IT記者会 佃均)
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