パテント・ヤズ・アリスモメートル

日本国内での名称は「自動算盤」。

f:id:itkisyakai:20180128111851p:plain

大分県出身の矢頭亮一(良一、1878~1909)が考案した卓上型の歯車式計算器。八頭自身は「自動算盤」と呼んでいた。「パテント」と冠したのは、矢頭が計算機構の特許を取得したからである。

1901(明治34)年に発売され、3年間で計二百数十台販売した(223台という説がある)。購入者は陸軍省内務省、日本鉄道、農業試験場、統計局など政府機関が中心だった。その利益は5万円に達したという。

「計算機は我算盤を知らざる外人の発明したるものなるを以て算盤より勝れる点多きにも拘らず之より不便なる個所も亦少なからざるなり。左れば其使用者は算盤と計算機とを合わせたるが如き速算機械を得んことを切望せしが自動算盤は此の希望を充分満足せしむることを得るものにして曾て外国製計算機を使用せられし所の紳士は続々自動算盤を購入し給へり」

と八頭は書き残している。

パテント・ヤズ・アリスモメートルには、どうやら二つのモデルがあったらしい。普及モデルの現物は東京・上野の国立科学博物館に保存されている。木でできたほぼ扁平な箱であって、いくつかのボタンと目盛りが付いている。この中に組み込んだ歯車とギアが連動して動作し、設定した目盛りに沿って一の位の歯車が動き、桁上がりをギアに伝え、10の位の歯車が目盛りをもって集計の数値を示す。

高級モデルは1977年に矢頭亮一の縁者が蔵を片付けているとき、偶然に発見した。金属でできた手回し式であって、第一段の数字をセットし、後方に備えられた演算機構があたかもタイプライターの打鍵面のように左右に動き加減乗除を計算していく。その仕掛けは「自動算盤」と名付けたようにヨーロッパの発明品に類似がなく、矢頭の独創であったことが分かる。