ページビューを調べる

2018-01-28から1日間の記事一覧

テートスの計算機

日本に初めてもたらされたのは1897年(明治30)11月だった。現機が大阪市の日本生命ライフプラザに保存展示されている。

パスカリーヌ(Pascaline)

PascalineまたはMachine Arithmétique パスカル(Blase Pascal/1623~1662)が1642年に研究をはじめ、1645年に実用化した計算器。機械化されたものの最初で、数個の歯車の噛み合わせとドラムを持ち、10進装置を持っていた。最初の目的は対数を正しく計算す…

リッティの計算機

1884年12月、ジェームス・リッティ(James Litty:1836〜1918)が考案し製品化した。 機械装置が好きだった彼は1882年にヨーロッパに渡ったとき、客船の機関室を見学した。タービンの回転数をカウントする装置を見て帰国後、自宅のガレージであり合わせの部…

コンプトメーター(Comptmater)

1897年にアメリカの発明家ドール・フェルト(Dohle E Felt)が開発した計算器。スパゲティの空き缶を使って作った。初めてキーボードを備えた計算器だった。アメリカ海軍で使用された。

コ・ソーシング(Co-Sourcing)

ロス・ペロー氏が去ったのち、米EDS社が1980年代末から1990年代初めに打ち出した「高度なアウトソーシング」の名称。アウトソーシング契約に際して、情報システムのアウトソーシングによってカスタマーが得る直接的な利益だけでなく、「ビジネス・アクセラレ…

北川学校

第二次世界大戦前、日本ワットソン統計会計機械(のちの日本IBM)に勤めていた北川宗助が育てたわが国情報産業の第一世代の人々の総称。 敗戦直後の1945年9月、連合国軍総司令部(GHQ)の戦略爆撃調査団がパンチカードシステム(PCS)を運用する日本人スタッ…

アウトソーシング(Out Sourcing)

企業の間接業務を外部の専門会社に委託すること、または受託するサービス。ITサービス業界では「情報システムの構築・運用・保守を一括して受託するサービス」とされるが、いわゆるファシリティマネージメント・サービス(FMS)と異なるのはハードウェ…

RAMAC

米IBM社が1956年に実用化したハードディスク装置。 電気式計算機「IBM305」と「IBM650」に磁気ディスク装置「IBM350」を装着したもので、パンチカード・システム(PCS)から電子計算機への橋渡しを果たした。IBM350は500万ワード(1ワード/6ビット)を記…

PD1516

1956年7月、東大の高橋研究室が日本電子測器と共同で開発したパラメトロン式電子計算機。パラメトロン4300個と真空管120本を使っていた。演算速度は加減算が毎秒1800回、乗除算が1505回だった。日本電子測器はのち富士通信機製造に吸収合併された。

NEACシステム100

日本電気が1973年8月に製品化した小型コンピュータ。 NEAC1201、同1210、同1240のあと、汎用コンピュータ「ACOSシリーズ」の最下位モデル「ACOS100」として開発された。しかし技術提携先の米ハネウェル社との関係で日本電気独自マシンとせざるを得なかった。…

NEAC WRITER(ニアック・ライター)

日本電気が1961年に製品化した大型コンピュータ「NEAC-1201」用の紙テープ穿孔機。タイプライターの原理を応用したので、この名前がある。穿孔速度は毎分1000文字、印字速度は毎分560文字だった。

日本EDP

1967年に設立された。 産経新聞社創業者で日本電波塔社長だった前田久吉が「国内最大のコンピューター・センター」を目指して設立した。 東京タワーの中に国産メーカーの最新鋭機を揃え、受託計算とプログラム作成を中心に事業を展開した。構想を立案したの…

FACOM電子計算センター協議会

発足は1966年。富士通のメインフレームを使って受託計算サービスを提供した企業の団体。 発案者は協栄計算センター(のち「アイネス」)の狩野健司氏だったとされる。 発足時は首都圏の6社だったが富士通製コンピュータの普及とともに会員が全国に広がり、農…

日本ビジネス

1959年に設立された。計算機を活用した計数的経営手法を基盤にした国内初のコンサルティング会社。 第二次大戦前の日本ワットソン統計機械販売(日本IBMの前身)で働いていた島村浩、北川宗助らが連合軍総司令部電算部門、立川基地電算部門の要員らと協力し…

解析機関(Analytical Engine)

1833年、イギリスの数学者チャールス・バベージが開発した計算器。蒸気機関で動いた。計算に用いる方程式と数値の入力にパンチカードを使っていた。 18世紀後半にいたってヨーロッパでは三角関数や平方根が実業界で盛んに利用されるようになり、数学者は正確…

FACOM128

富士通信機製造が1959年に開発したリレー式の実用2号機。「128A」「同B」の2モデルが販売された。 パラメトロンは共振回路のパラメーター励振回路による2分の1分周発信で2進法を表記する。真空管より信頼性が高く寿命が長い特性があったが、演算速度が…

FACOM100

富士通信機製造(のちの富士通)が1954年10月に開発した国産初の実用リレー式計算機。約4500個のリレーで構成され、回路制御は非同期方式、プログラムは60単位の紙テープを読み取って実行し、繰返し使用するプログラムは不燃性フィルムを使用した。浮動小数…

ETL MARKⅢ

1956年、通産省電気試験所の和田弘らが開発したトランジスタ式電子計算機。アメリカ製のダイナミック回路と東京通信工業(のちのソニー)の点接触型トランジスター130個、Geダイオード1800個を使用した。トランジスタ式電子計算機では世界で3番目、プログ…

ABACUS(アバカス)

紀元前10世紀の中央アジアに発生したとされる計算具。小石を線に沿って滑らせることで、足し算と引き算を行った。計算のために用いた小石は「カウンタ」と呼ばれた。これがヨーロッパに渡り、線を引いた木製の板の上で貨幣に似た小型の円盤を滑らせ、計算を…

世界情報処理産業会議

1980年に発足した民間主導の国際組織。紆余曲折を経て、現在の「世界情報技術産業会議」(WCIT)につながっている。 1980年、スペインのマドリッドで世界主要国の情報処理サービス/ソフトウェア業団体が集まって、各国の情報処理サービス/ソフトウェア産業…

巴記者クラブ

1964年に創設された情報産業専門の記者クラブ。日本工業新聞、日刊工業新聞、電波新聞、電気新聞の4紙で構成し、1968年まで5年間続いた。名称は事務所を置いた東京・港区の大久保巴町(現・虎ノ門一丁目)から。

日本教育情報機器

Educational Computer Systems, Limited.(ECS) 1993年6月に国内の複数のコンピュータ・メーカーの共同出資で設立された。通産、文部、自治の三省の肝いりで設立されたレンタル会社で、公立の小・中・高校、工業専門高校、特殊学校などにパソコンなど情…

世界最初のオンライン・システム

一般には1964年10月に稼動した東京オリンピックの競技記録速報システムとされる。しかし厳密には東京オリンピックが世界初ではない。国内では1963年に国鉄、近畿日本鉄道が実験的なシステムを稼動させていた。 ただし東京オリンピックのシステムは、複数個所…

亀の甲型手動穿孔機

1874年、明治政府の太政官政表課(現在の統計局)が行った全国一斉人口調査に利用された形跡がある。独立行政法人統計センターの資料には写真まで残っているのだが、誰の手によっていつ作られたものか、詳細は分からない。

マンハイム計算尺

19世紀末にドイツで作られた計算尺。スコットランドのジョン・ネピアが考案した対数対照表の早見具「ネピアボーンズ」を改良した。日本のヘンミ計算尺の原型となった。

ナショナル金銭登録器

アメリカのナショナル・キャッシュ・レジスター(NCR)社の金銭登録機のこと。 機械を売るのでなく、商店主や企業経営者に経営手法や在庫管理のコンサルティングを行いながらマシンの有用性を訴えたことから、上中甲堂はそのユニークな販売方法に着目した。

テーラー・システム(Taylor system)

フレデリック・テーラーが編み出した科学的経営管理手法で、課業管理、計画機構、職能的管理組織、統制システムなどを組織的・計画的に展開する一方、労使協調の管理論を唱えた。森村商事の水品浩(みずしな・こう:のち日本IBM社長)がニューヨークのモリム…

鉄道省におけるPCSの利用

1923年、鉄道省経理局はパワーズ式統計会計機械装置を購入し、『マネジメント』誌が「事務能率の覇王―タビュレーチング・マシン」と題して紹介した。日本陶器にホレリス式統計会計機械装置が設置される1年前である。1925年にはやはり『マネジメント』誌が「…

自動算盤

パテント・ヤズ・アリスモメートル it-terminology.hatenadiary.com

パテント・ヤズ・アリスモメートル

日本国内での名称は「自動算盤」。 大分県出身の矢頭亮一(良一、1878~1909)が考案した卓上型の歯車式計算器。八頭自身は「自動算盤」と呼んでいた。「パテント」と冠したのは、矢頭が計算機構の特許を取得したからである。 1901(明治34)年に発売され、3…